海洋汚染と聞いて何を思い浮かべますか?
- 海岸に漂着、打ち上げられたゴミ
- ビニール袋を飲んだウミガメが死んでしまった
- マイクロプラスチックの食物連鎖
陸上で暮らす私たちと、海洋との接点は限られているため、自分とは距離のある話と捉える方もおられるかもしれません。しかし日本は周りを海に囲まれており、海に依存した生活システムを築いてきました。海の食物資源を利用し、また生活排水の多くは処理されていますが、一部は直接的に河川から海に出しています。海洋汚染は様々な人間活動によって生じており、私たちと直接結びつく因果関係のある問題です。
人間の陸上活動による海洋汚染
さまざまな人間活動の結果生み出される、ゴミや排水は、各処理施設で適切に処理されたあとに廃棄・排水されます。ただ100%適切な処理を経るのかというと、そういうわけではありません。
- 海岸や陸上でポイ捨てされたゴミ
- 台風時などに大量の雨水とともに河川に流れ出る下水(東京をはじめ合流式の下水管)
- 直接河川に流れてしまう生活排水
- レクリエーション活動で出たゴミの置き去り
- ゴミの集積所からの飛散
- 雨水により陸上から河川に流れ出た有害物質または土砂
- 昔の工場からの排水や生活排水という過去の汚染
など
路上や河川、海に直接投棄されるゴミだけでなく、特に人間が多く集まっている都市部からゴミや排水、汚染物質が多く出てしまいます。それらは陸上から風や河川を通じて海へとたどり着きます。
またその過程で、地球の重力により有機物等が沈殿し、ヘドロなどの底質汚染が起きます。これは避けがたい問題であるものの、見過ごせない汚染です。観測されている中では主に河川や沿岸河口部などで起き、富栄養化による赤潮の発生や、生態系への悪影響などへもつながる問題でもあります。
また、雨によっても海洋汚染がおきています。背景には大気汚染があります。工場や発電所などからの排煙や乗り物の排気ガス、野焼きなどによる煙など、陸上活動によって発生した汚染物質により大気汚染が起き、その汚染物質を伴って酸性雨が降ると、雨による海洋汚染が成立してしまいます。雨によって水中環境が汚染し、こちらも生態系への悪影響が出ています。陸上活動の結果、大気汚染が起き、雨によって海洋汚染が起きるというように、地球のシステムは繋がっておりダイナミックに循環しています。地球は小さい有限の世界であることの証だと思わずにいられません。
海洋プラスチックゴミ問題
プラスチックは便利な素材である反面、その性質上、適切な処理(リサイクル処理や焼却処理)を経ない場合、自然分解はせずに環境中にとどまり続けます。「世界最大のシンクタンク」OECD(経済協力開発機構)の報告書によると、プラスチックの2019年の世界の年間生産量は約4.6億トン、そのうち適切な処理(リサイクル処理や焼却処理)を経ずに環境中に出たプラスチック材料は年間約2200万トンと推計されています。さらに、そのうち河川や湖、海に出たプラスチックゴミは年間約610万トンとされています。このプラスチックゴミは、陸上から風雨に流されて、直接または河川を経由して海に流れ出てしまい、海洋プラスチックゴミになってしまいます。
また河川や海に漏出したプラスチックゴミの、過去の世界の蓄積分は約1.4億トンで、これらのプラスチックゴミは粉砕するなどして粒子化し、マイクロプラスチック(直径5mm以下)になると延々と漂い続けます。海洋プラスチックゴミは、世界中の都市から漏出し、海流に乗って世界中の海を循環するようになってしまいました。一度粒子化しマイクロプラスチックになると回収することは困難なうえ、生物が飲み込んで食物連鎖や生物濃縮、中には死に至るなど、生態系への深刻な影響が起きて問題になっています。マイクロプラスチックだけでなく、漁網や漁具(プラスチック材料)の使い捨てゴミも、その形のまま漂流し、生きものに絡まってしまい、最悪の場合死に至るなどが起きています。
日本の海洋プラスチックゴミの量については、2010年時点で2~6万トンとする報告がサイエンス誌に掲載されました。また日本の海域におけるマイクロプラスチックの量は、世界の平均と比べて27倍も多かったという研究(2015年)もあり、海流に乗って国をまたいで漂流していることを示唆するものでもあります。
既存の海洋プラスチックゴミは回収できるのでしょうか。特にマイクロプラスチックの回収は非常に難しく、新たな技術開発が急がれるところです。現状では回収よりも、ゴミの削減目標をたてることの方にバイアスがかかっており、解決することが難しい問題であることを物語っています。
船舶や事故による汚染
船舶は歴史が古く、石油を動力源とする現在航行する船の原型は1900年代に入ってから開発されるようになりました。一言で船舶といっても、客船、漁船、貨物船、タンカー、軍艦など、その種類はさまざまです。近代海上交通が発達するにつれ、油類の流出やゴミ投棄など、船舶による海洋汚染は理屈上からも理由が明確であるにもかかわらず、世界的な汚染の全体像は把握・解明の途中です。
船舶による海洋汚染の原因を国際的に規制していこうとする動きは1950年代に島国であるイギリスから始まりました。英国ロンドンにある国際海事機関「IMO」(International Maritime Organization)では、国際的な航海を行う船の、安全確保や海洋汚染防止など、全世界での統一的なルール作りを行ってきました。「マルポール条約」と呼ばれる海洋汚染防止に関する規制である条約は1983年に発効され、150ヵ国以上が批准国でした。その内容は、当時から環境への高い配慮が伺えるもので、具体的には、石油全般(重油のみではなく)、化学物質、有害物質、汚水、廃棄の船舶からの流出・漏出を規制する内容でした。加盟国の対策実施の監視や、非加盟国による利益が生じない様な対策も盛り込まれました。
それでも、大型タンカー船の座礁事故などによる重油流出などは記憶に新しいものであり、環境汚染という観点のみならず、近辺の生態系を死滅に追いやるなど、看過できない問題としてニュースにも取り上げられました。
生態系への影響
海洋汚染はそのルートがいくつかありますが、いづれのルートにしても、水中で暮らす生物にとっては災禍そのものです。ゴミや排水、汚染物質、マイクロプラスチック、石油や重油などにより、海の水中環境は悪化の一途をたどってきました。それに伴う生物の死といった犠牲は、一部は目視で確認できるものもありますが、その実態は計り知れません。この悪化の流れを今変えないと、いづれゴミなどの量が魚の量を上回り、さらに多くの犠牲を生むことになります。
これらのゴミや汚染物質を水中の生物が体内に取り込み、食物連鎖によって生き残った生物の体内に濃縮されていることが分かりました。食物連鎖では人間も影響を受けます。また、水質の悪化といった環境要因により、生きられなくなった生物は発見されただけでも多数あり、水中の生態系が破壊されている事は自明です。
地球上の70%の面積を占める海。最初に生命が誕生したと言われ、豊かな生態系を持つ本来の海の環境を悪化しないようにし、うまく共存していきたいものです。
海の環境保全の取組み、我々にできること
これまでみてきた様に、海洋汚染と一口に言っても、さまざまな種類の汚染形態があることが分かりました。中でもプラスチックゴミによる汚染は多く目に付き、そのメカニズムが明快で、グローバルな規制対策も進んできています。プラスチックゴミが悪質な汚染物質である事は事実です。ただ、それにばかり目を奪われることなく、他の要因にも同時に目を配っていくことが大切になります。例えば、ゴミ全般に関する日々の生活行動の改善から、下水の河川流入防止や、排煙による大気汚染の防止、船舶のEV化などを含めた、トータルの対策が海の環境保全にとって重要です。
一方で、既存の海洋汚染に対しては、どのように取り組めばいいでしょうか。汚染物質の回収というのはハードルが高い難問ですが、例えば日本では海洋清掃船という存在も活躍しています。ボランティアでゴミを回収するという活動をする方もいます。重油を吸着する素材を開発し、船舶事故で重油が流出した際に提供する事で活躍した方もありました。目に見えないような汚染物質や底に沈んだ汚染物質の回収については、難易度が高いですが今後の技術進歩、イノベーションが急がれます。
では、我々個人レベルでできる海洋汚染防止の取り組みには何があるでしょうか。
- ゴミのポイ捨てをしない。
- プラスチック製のゴミを含む、生活ゴミを減らす。
- ゴミを分別する。
- レジ袋、スプーン・箸などの使い捨てをやめて、自分専用のバッグや箸などを利用する。
- 油を排水口に流さず、可燃ゴミとして出す。
- 焚き火や野焼きなどをやめる。
- 再生可能エネルギーを重視した電力会社を選ぶ。
- ガソリン車ではなくEV車やエコカーを利用する。
など、一つ一つを見ると、海洋汚染にとって影響の小さいことが多いですが、現在我々人間の人口は地球上で78億人とも言われています。圧倒的な数の人間が少しづつでも取り組む様になれば、その影響が形になる事は間違いないでしょう。
PM2.6などの大気汚染を例にとると、人間みずからが規制やルールを作り、汚染した過去から回復させるといったコントロールをしています。それと同様に海洋汚染もまた、時間はかかるかもしれませんが、ある程度の回復やコントロールはできる環境問題だと思います。特に海底に沈んだ汚染の回復は困難かもしれませんが、今後の技術開発に期待したいところです。現状では、まず取り組むべきなのが、ゴミや汚染物質の排出を削減することであり、海洋汚染問題に取り組む第一段階として重要な取り組みとなっています。
コメント